論理哲学論考 一応終了

わざとではないけども、スタートの次の記事が終了とは。
やはり読むにふさわしい(読むことができる)時間帯が限られていたので時間がかかってしまった!まぁ途中ちょこちょこ別のも読んでいたのでよしとしよう。
昨日のあったことで、
同期の一人と話をしたが、ふっしーは哲学を自分の文脈にちゃんと置き換えて読んでいるので健全だ、と言っていた。確かに哲学書を読んでいる人はちょいと鬱入っているというイメージがあったが、自分は哲学書を読んだから精神がどうにかなるという心配はなさそうだ(鬱は誰でもなるので俺だけは大丈夫というつもりもないけども)。
その話をしているときに思い出したのは、老荘の本で書いてあった「哲学者や偉人と呼ばれる人たちも普段は普通の人であった」ということだった。哲学書を読みまくっているから24時間思いつめていなきゃいけないとか、精神がおかしいに違いないとか、そいういうことはないはずなのだ。
彼は自分なりの答えを見つけたらしいので、その答えを聞きたかったが、やはり言語化できないといっていた。これも老荘だが「道は自分は理解できているのだが言語にできない」とあった。そんなもんかもしれん。
だが、なんとか語りえないものも語ってみよう、の会を今度やろうということになった。果たして・・・
果たしてとくれば、果たしてゴクウは・・・だな~~